世界遺産の今帰仁城跡!入場料や営業時間、魅力や歴史を紹介

沖縄観光

国内人気の観光地沖縄県、特に夏休みを目前に控えた今の時期、家族や友人、恋人同士、またはお一人で旅先にと検討している人は多いでしょう。

沖縄はかつて琉球王国という一つの島国を築いていました。その時の名残は今も各地に城跡として残っています。本島だけでも200箇所近くの城跡がありますが、今回おすすめするのは沖縄北部にある今帰仁城跡(なきじんじょうせき)沖縄が琉球王国を築くよりも更に昔、北の国王が拠点にしていた城です。

この記事では今帰仁城跡の入場料金営業時間、また見どころ歴史についてまでご紹介していきます。

今帰仁城跡【基本情報】

今帰仁城跡写真
撮影:筆者

【営業時間】通常期間(1~4,9~12月)8:00~18:00(最終入場時間17:30)
      夏季延長期間(5~8月)8:00~19:00(最終入場時間18:30)
【休日】年中無休(※施設管理により予告なく1部を閉館する場合有り)
【駐車場】有(無料)
【料金】大人:600円 中高生:450円 小学生以下:無料
【団体料金(10名以上)大人:480円 中高生:360円 小学生以下:無料
今帰仁城跡公式サイト

今帰仁城跡とは

沖縄県北部、国頭郡今帰仁村に位置する今帰仁城跡は、『琉球王国のグスク及び関連遺産群』の1つとして世界遺産に登録されています。

三山時代また琉球王国時代に建てられた城が多く跡地として残っている沖縄ですが、今帰仁城跡はその中でも特に人気の城跡として知られています。廃城となった1665年からも地元の人達に守り続けられ、毎年多くの観光客がその綺麗な景色と沖縄の歴史を学びに訪れています。当時の王族や城下の様子が窺える敷地の造りや建築跡はかなり興味深く、とても学びになる見学ができるでしょう。

また跡地内には、『日本の100名城』にも登録された秘訣が多くあります。戦略的に積み立てられた石積みの城壁は見応えある圧巻の景色で、当時城を守っていた人達の思考や闘志を想像することができます。

今帰仁城跡写真
撮影:筆者

今帰仁城跡の歴史

その昔沖縄が日本ではなく、琉球王国という1つの国を築いていたことはよく知られています。その更に昔の1322年から約100年間、沖縄は3つの小国に分かれていました

島の南を統一していた南山、中部の中山、そして北の北山と、それぞれが国統一を狙い争っていた三山時代です。その北山の本拠点であり王の住まいだったのがこの今帰仁城です。王家の他にも、家臣や女官といった城に仕えていた人達の住まいも敷地内にあったことが判明していて、今でも屋敷跡が確認できます。

1416年、軍事力を拡大していた中山により今帰仁城もとい北山は攻め落とされ、中山王が3国を統一、琉球王国時代の始まりとなります。統一後は王府から派遣された監守が置かれる居城として、今帰仁城は機能していました。

そして1609年、薩摩藩による琉球侵攻で第一に攻め立てられ今帰仁城は焼失します。

筆者
筆者

一国の王が拠点としていた城跡だと思うと、より意味のある場所に感じちゃいますよね

今帰仁城跡写真
撮影:筆者

今帰仁城跡散策の流れ

敷地面積は約8ヘクタールにも及ぶ今帰仁城跡、その広さは首里城にも匹敵するスケールです。多くの人間が生活していたとみられる今帰仁城跡、広い土地の中でそれぞれのエリアに見どころがあります。

外郭そして琉球国由来記にも記載された本門

券売所から道を渡っていくと、左手には広大な外郭が広がります。これは今帰仁城の最も外側となる部分で、主郭よりも遅れた昭和50年に発見されました。

高さは2メートル前後と比較的に低い方になりますが、野面積みという古い方法で積み上げられた石垣が数百メートルにも及ぶ長さで続いています。外郭内には屋敷跡も見つかっており、当時人が住んでいたことが分かっています。

今帰仁城跡写真
撮影:筆者

外郭を抜ければいよいよ今帰仁城の本門となる、平郎門(へいろうもん)です。平郎門については琉球国由来記でも言及されています。しかし今の平郎門は琉球政府により修復が施されたものなので、当時とは異なる部分もあるでしょう。

今帰仁城跡写真
撮影:筆者

外郭が左手、平郎門が正面と見た時に右手側にある小屋のような建物が、チケット確認所となります。

筆者
筆者

いつ訪れても正門周辺には野良猫が数匹居て、それぞれ観光客に目もくれず自由に過ごしているのがまた良い雰囲気を作っていました。

神聖な御内原(うーちばる)

御内原は、当時城に仕えていた女官達が生活をしていた場です。場内で最も神聖な場所とされる御嶽があり、今も拝所として扱われています。

また御内原はそこから見渡せる景色も注目ポイントで、平馬の訓練場だった大隅(うーしみ)、蛇のようにうねる城壁、そしてその向こう側は東シナ海へと繋がっています。

当時城に居た人達も見ていたであろう絶景、ぜひ目に収めてください。

今帰仁城跡写真
撮影:筆者

主郭、4つの建物があった志慶真門郭(しげまじょうかく)

城の中心部であった主郭、城主の住居もここにあったとされています。

そして主郭の西側、階段を下りると出会うのは志慶真城郭と呼ばれる敷地内の最も奥に存在するエリアです。ここは発掘調査により当時4つの建物があったことが分かっており、家臣など当時城に仕えていた人々の住まいだったとされています。

今帰仁城跡写真
撮影:筆者
筆者
筆者

志慶真城郭はなぜだかとても当時を想像しやすい光景でした。ここで家臣達が生活していたと思うと、とても感慨深かったです。

歴史文化センター

今帰仁城跡に訪れた際、ぜひ忘れずに行って欲しいのが歴史文化センターです。

今帰仁城跡に隣接するように建っていて、今帰仁城跡の入場チケットの半券で入館ができます。

今帰仁城跡から発掘された陶磁器や昔の今帰仁村の生活道具、また三山時代から琉球王国誕生にかけての今帰仁の在り方を記録した物など、どれも興味深い展示物ばかりです。

筆者
筆者

建物自体はそう大きくはありませんでしたが、とても見ごたえのある盛り沢山な内容でした!1時間くらいは見積もっていても良いと思います!

まとめ

この記事では沖縄の今帰仁城跡について気になる情報をご紹介していきました。

沖縄が日本でも琉球王国でもなかった遥か昔、島の統一を目指した一人の国王が拠点にしていた城。高地に建てられ、城の周り約1.5㎞を囲うように積まれた石の城壁は、国王始めとする北山の人々が必死に城や王を守ろうと尽力していたことが分かります。また城本体は焼失していても、建築跡や城壁を何百年も守り続けてきたのは、沖縄の人達にとってそれほど神聖な場所として大切に扱われてきた証拠です。

観光に訪れた際はルールを守った常識ある行動を忘れずに、今帰仁城跡を楽しみましょう。

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