沖縄中部にある城跡3選!歴史と絶景が魅力で観光にオススメ

歴史・パワースポット

「沖縄旅行に来たけどどこに行けば良いのか分からない」「定番の観光スポット以外に行ってみたい」「沖縄の歴史を知りたい」

上記のような悩みを抱える、観光客の方や現地の人達にオススメしたいのが沖縄各地にある城跡(グスク)です。

この記事では沖縄観光にオススメの城跡の中から、沖縄中部にある城跡3カ所をまとめて紹介していきます。施設の情報や周辺の観光スポットまで合わせて紹介しているので、是非参考にしてみてください。

城跡とは何なのか?まずは簡単な説明

沖縄の方言でグスクと呼ばれる城跡は、沖縄が琉球王国時代にそれぞれの権力者が建てた城の跡地のことを指します。

グスクの殆どが建造物自体は残っておらず、当時城を囲んでいた外周の城壁や柱跡が城跡として残っています。石垣を様々な方法で積み重ね、防衛に適した特徴的な姿をしている城壁は沖縄独特の形です。

城によってその景色や手法は特徴が違い、また城として機能していた当時の歴史も奥深いので、観光にオススメの場所となっています。

ある権力者が自害する舞台となってしまった中城城跡

始めに紹介するのは、沖縄県中城村に位置する中城城跡(なかぐすく じょうせき)です。日本100名城国の史跡そして世界遺産に登録されている跡地です。

琉球史で名のある1人の男の物語が動いた、歴史ある舞台でもあります。

中城城跡
撮影:筆者

【営業時間】8:00~17:00(5月~9月は18時まで)
【料金】大人:400円 中高生:300円 小学生:200円
【団体料金(20名以上)】大人:300円 中高生:200円 小学生:100円
【休日】無し(※気象状況や整備により予告無く制限する場合有り)
【駐車場】乗用車約50台分有り(無料)

【所要時間】約40分
中城城跡 公式HP

中城城跡の歴史

中城城が城として機能していたのは、14世紀後期から15世紀にかけてです。

琉球史では重要な人物で知られる護佐丸(ごさまる)という名の按司が、当時の王である尚忠(しょうちゅう)の命により城主として移り住みました

王に忠誠を誓っており関係も良好で、按司としての権力も持っていた護佐丸ですが、1458年中城城でその命を落とします

当時護佐丸と同じくらい按司として力をつけていた阿麻和利(あまわり)に対して、護佐丸は兵力を強め備えていました。阿麻和利はそれを逆手に取り「護佐丸は謀反を目論んでいる」と偽の情報を王府に伝え、王が護佐丸を滅するように仕向けます。

実際に中城城へ足を運んだ王府の使者は、兵力を強化している護佐丸の様子を見て阿麻和利の讒言を信じてしまい、中城城を攻めることになります。

王に忠誠心がある護佐丸は王府軍と気付くと襲撃に対抗することなく、妻子共に自害しました。

中城城跡の注目ポイント

中城城跡
撮影:筆者

中城城が評価されるポイントは、城としての造りの良さです。

中城城の成り立ちは明らかになっていませんが、14世紀後半までには当初の持ち主である先中城按司が数世代かけて城を築いていたと思われます。そして1440年頃に王命により移り住んだ護佐丸が、三の郭、北の郭を増築しました。

高低差のある歪な地形が上手く利用された曲線にうねる城壁は、圧倒的でありながら建造物として非常に美しく感嘆の息が出ます。

中城城がどれだけ美しかったのかが分かる証拠の1つに、なんと1853年にはあのペリー艦隊が訪れています。残された日本遠征記には、画家ヴィルヘルム・ハイネによって描かれたスケッチと共に、中城城の造りを絶賛する言葉が残っています。

筆者
筆者

沖縄各地の城跡を巡ってきた筆者ですが、その中でも特に外観が素晴らしいと思った城跡がここ中城城跡です!かなり綺麗に形が残っていることもあり、当時護佐丸とそこに仕えた人々がどう過ごしていたのか、つい想像をしてしまう景色が広がっています。

中城城跡周辺の観光スポット

中城城跡の所要時間はおよそ30分から50分程!前後に他のスポットと組み合わせたスケジュールを立てることで、より効率よく沖縄観光を楽しむことができます。

ここでは中城城跡の周辺にある観光スポットを、紹介していきます。

沖縄そばと言えば!我部祖河(がぶそか)食堂 中城店

中城城跡は、人によって差はありますがおよそ1時間近く散策します。中城城跡をめぐる前後には、腹ごしらえをしたいところですよね。

そこでオススメしたいのが、中城城跡から車で5分足らずの位置にある我部祖河食堂中城店です。

沖縄グルメと言えば、すぐに沖縄そばを浮かべる人は大勢居るでしょう。沖縄には美味しい沖縄そばのお店が沢山ありますが、特に人気店と呼ばれるのが我部祖河食堂です。

沖縄県内で9店舗展開されていますが、どこも常にお客さんが賑わう地元の人にも観光客にも人気な店舗です。

沖縄そば│元祖ソーキそばの店│我部祖河食堂

当時の暮らしが分かる!国指定重要文化財中村家住宅

中城城跡を散策した人がセットで訪れることが多いのが、車で5分の距離にある中村家住宅です。

中村家住宅とは、18世紀頃に建てられたと言われる住宅跡です。第二次世界大戦の地上戦の舞台となった沖縄は、戦前の建物の多くが焼失しました。そのためここまで綺麗に形を保っている建造物は珍しく、戦前の沖縄を知る重要な遺跡として扱われています。

1972年には国の重要文化財に指定されており、今は観光地の1つとなっています。

ご利用案内 – 中村家住宅 (nakamurahouse.jp)

地元の誇り高い英雄の居た勝連城跡

次に紹介するのが、名高い阿麻和利(あまわり)が城主を務めた勝連城跡(かつれんじょうせき)です。続日本100名城国の史跡そして世界遺産への登録もされた名城です。

すぐ傍にあるあまわりパークという歴史文化施設には、勝連並びに琉球の歴史を様々な展示物と共に学ぶことができます。

阿麻和利はどんな人生を送ったのか、資料を通して彼についての理解が深まるでしょう。

勝連城跡
撮影:筆者

【営業時間】9:00~18:00
【料金】高校生以上:600円 中学生以下:400円 6歳未満無料 ※常設展の閲覧含む
(20名以上の団体利用なら高校生以上480円、中学生以下320円)
【休業日】年中無休
【電話番号】098-978-2033
【住所】〒904-2311 沖縄県うるま市勝連南風原3807-2
【駐車場】有

【所要時間】勝連城跡:約30分 あまわりパーク:約1時間
勝連城跡 公式HP

勝連城跡の歴史

14世紀初期、三山時代から琉球の時代にかけて勝連の地域を収めていた按司が代々拠点としていたのが、この勝連城です。

最後の城主を務めたのは、勝連10代目按司である阿麻和利ですが、彼は沖縄の歴史上人物の中で非常に名の知られた存在であり、現在も勝連の住民達にとって誇り高い人物です。

沖縄の正史では、阿麻和利はライバル関係に近かった護佐丸を陥れた後、謀反を企んでいたことで処分されたという、悪役のような立場に語られています。

しかし沖縄最古の歌謡集『おもろさうし』では、当時の勝連はまるで本土の鎌倉のように栄えており、それは誇り高い阿麻和利の功績である、と彼を褒め称える言葉が綴られています。

時が経つにつれて、勝連の人達を中心に実は阿麻和利は悪い人間ではなく、勝連を収める按司として英雄のような存在だったと新しい事実が語り継がれるようになっています。

勝連城跡の注目ポイント

勝連城跡
撮影:筆者

沖縄の城跡の中でも最古だと言われる程歴史の長い勝連城跡、ある一説によると12世紀には既に建城が始まっていたとされます。

古い歴史を持っているにも関わらず保存状態は素晴らしく、どの区域が当時どのように使用されていたのか、という記録も明確に残っています

事前にインターネットで情報を取り入れたり、併設されている資料館を回ったり配られているリーフレットを頼りにしてある程度の知識と共に散策すると、より当時の状況が鮮明に想像できて面白いでしょう。

個人的に注目して欲しいのが、二の曲輪から一の曲輪に上がるときの階段です。この階段は、徐々に階段の横幅を細くして、1つ1つの段も狭く設計されています。これは敵軍が攻めてきたときに、大勢で登られることを避けるための戦術的工夫です。

筆者
筆者

当日筆者はスニーカーで散策しましたが、本当に徐々に上りづらくなっていて、すぐに事前に取り入れていたこの情報を思い出しました。「あ!わざと工夫されている階段ってここか!」とつい興奮(笑)当時の人達の知恵って素晴らしいですね…

勝連城跡周辺の観光スポット

ここでは勝連城跡周辺の観光スポットを紹介していきます。

幻想的な空間広がる!鍾乳洞CAVE OKINAWA

勝連城跡と同じうるま市内に位置する、車で30分程の距離にあるのが鍾乳洞CAVE OKINAWAです。

長い年月をかけて少しずつ形成されていった鍾乳洞、ひんやりとした冷気を帯びた空間や、つらら状にぶら下がる鍾乳石は、自然のパワーを感じることができます。

人の手によって鮮やかにライトアップされたエリアは、どこか幻想的な雰囲気に包まれます。

写真映えにもピッタリなので、勝連城跡と併せて訪れてみてはいかがでしょうか。

CAVE OKINAWA

名築城家が手掛けた!座喜味城跡

最後に紹介するのは、読谷村に位置する座喜味城跡(ざきみじょうせき)です国の史跡世界遺産登録続日本100名城に選ばれています。

また敷地内にはユンタンザミュージアムという、資料館が併設されています。座喜味城跡並びに読谷村にまつわる出土品や記録が展示されているだけでなく、沖縄で受け継がれる文化や戦争について学べる展示物もあります。

座喜味城跡
撮影:筆者

【営業時間】城跡:24時間 
      ミュージアム:午前9時~午後6時
【休業日】城跡:無し 

     ミュージアム:毎週水曜日・年末年始(12/28~1/4)
【入場料金】城跡:無料 

      ミュージアム:小中学生300円 高校生以上500円 65歳以上400円
【駐車場】有・無料
【電話番号】098ー958ー3141
【住所】〒904-0301 沖縄県中頭郡読谷村字座喜味708-6番地
【アクセス】那覇空港より車で約1時間、バスで高志保入り口下車から徒歩15分程
【所要時間】城跡:20分 

      ミュージアム:40分~1時間程
座喜味城跡 公式HP

座喜味城跡の簡単な歴史

当時読谷山の按司を務めていた護佐丸によって、1416年から1422年にかけて座喜味城は築城されました。護佐丸は当時既に築城家として評価されており、座喜味城跡もやはり素晴らしい造りをしています。

座喜味城が建てられた当時、沖縄は3つに分かれていた勢力が尚巴志によって琉球王国に統一されたばかりでした。当時各地に残っていた王府に対する反対勢力を、監視するための場所として造られたのが座喜味城です。

護佐丸が中城城に住まいを移した後となる16世紀以降の物も出土品に含まれていたことから、1440年に護佐丸が去った後も、座喜味城は利用されていたと推測されています。

座喜味城跡の注目ポイント

座喜味城跡
撮影:筆者

座喜味城跡は、規模としてはそう大きくはありません。しかしさすが名築城家護佐丸、城の至るところに工夫がされており、そういった細部を観察するのが座喜味城跡の楽しみ方です。

まずは曲線を描きながら並び立つ、城壁の迫力に驚かれるでしょう。座喜味城跡は標高120mの地に建っているうえに、城壁にはあえて角度がつけられています。これは遠くから攻めてくる敵を、早い時点で気付けるようにという戦術的工夫です。

比較的高さの無い部分であれば、散策者も実際に城壁を登ることができます。実際に城壁の上に立ってみると、遠くの海に見える離島、那覇の街、夕方であれば海に沈みゆく夕日まで見渡すことができます

筆者
筆者

まるで海の波のようにうねり立つ城壁は、目の前にするとかなりの迫力でした。あの時代に、このように歪な形状をしながら頑丈な壁を創り上げるのは、築城家としてかなりの技術ですよね。

また二の郭に置かれているアーチ型の門の上部には、左右対称に並べられた石の間に楔を打ち込むことで強度を高めるという工夫が施されています。これは護佐丸独自の技法で、ここ座喜味城跡のみで見られる手法です。

座喜味城跡周辺の観光スポット

ここでは座喜味城跡周辺の観光スポットを紹介していきます。

神秘的な空間広がる!琉球ランタンフェスティバル(12月~3月)

普段は沖縄の伝統文化を観たり体験できる、体験型テーマパークのむら咲むらが、毎年12月~3月の4か月間だけ期間限定で開催している琉球ランタンフェスティバル

元々は琉球時代を舞台にした大河ドラマの撮影セット跡地であったむら咲むら、当時の建造物を再現している空間は、まるで琉球王朝にタイムスリップしたかのような景色です。

和を感じるランタンで色鮮やかにライトアップし、神秘的なメロディの音楽がBGMに流れた異世界のような空間は、SNS映えにもピッタリでしょう。

琉球ランタンフェスティバル2023-2024|体験王国むら咲むら

城跡へ訪れる時はルールを守ろう

沖縄県内にある各城跡は、深い歴史が残る重要な文化財です。戦争や自然災害を乗り越えながら、現地の人達により大切に守られ続けてきました。

観光で訪れる際は、ルールを守りながら常識の範囲内で散策をしましょう

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